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解熱鎮痛剤歴史市場シェア

2024年9月27日歴史・グラフ更新

古代ローマ人は、柳の樹皮を噛んだり煎じたりして服用し、痛みに対処していたという。その柳の樹皮から分離されたのがサリシンで、サリシンからアセチルサリチル酸(アスピリン)が合成されたのは有名な話。しかし、残念ながら人類が痛みから解放されることはなく、いわゆる「痛み止め」の開発は、現在に至るまで続いている。近代日本における解熱鎮痛剤はどのような進化を遂げてきたのか、歴史を紐解いてみたい。

※本文中の商品情報(特長・価格・キャッチコピーなど)は、発売当時の製品に関するものです。

主な解熱鎮痛成分と、主要ブランドの国内登場時期

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アセトアミノフェンは1968年発売の「エキセドリン」に配合されていることは確認できているが、国内で初めて配合された時期は不明。

戦前~1960年代解熱鎮痛剤の黎明期

紙に包まれた粉薬イメージ

昭和初め頃の「ケロリン」

国内で現在も販売されている解熱鎮痛剤のうち、もっとも最初に登場したのは大正時代、1925年の「ケロリン」と思われる。内外薬品商会(当時)創業者の笹山林蔵と息子の順蔵が、アセチルサリチル酸、ケイヒ、カフェインの配合を考え出し、配置薬としてスタートした。当時はコピー商品も多数出回ったという。現在のパッケージにも踏襲されているレトロなイラストは、当時ではモダンなものだったようだ。

発売当時(1950年)の「セデス錠」(塩野義製薬)はプラケース入りだった

第二次世界大戦を経て、戦争の傷あとがようやく癒えてきた1950年、塩野義製薬(当時)がアミノピリン製剤の「セデス錠」を発売。同社はもともと、医療用として散剤の「セデス“シオノ”」を発売していたが、一般用として解熱鎮痛剤を発売するにあたって錠剤を採用した。
また、配置薬だった「ケロリン」も1953年から薬局・薬店にルートを広げて全国展開し、1960年には大正製薬が「ナロン錠」を発売。さらに、1963年、ライオン歯磨とブリストル・マイヤーズ(いずれも当時)が提携し、すでにアメリカでは実績のあった「バファリン」を国内発売するなど、現在まで続く多くのブランドがこの時代に産声をあげている。

ビン入りの「バファリン」 (1963年発売)

なお、「バファリン」の発売当初はアメリカ仕様と同じビン入りだったが、高温多湿な日本の環境ではすぐに吸湿してしまうことが判明したため、発売翌年にはメタルパック分包に切り替えられ、のちにPTP包装となる。「セデス錠」も発売当初はプラスチック製の携帯ケース入りだったが、あまり間を置かずにPTP包装となっている。現在、錠剤タイプの解熱鎮痛剤はほぼPTP包装だが、それもこの時代にすでに定着していたようだ。

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