~1900年代前半伝統のかぜ薬から西洋薬へ
なじみがある病気だけに古くから薬も存在

「かぜ」といえば、幼少期までにほとんどの人がかかったことがある病気といっていいだろう。それほど“ポピュラー”なかぜだけに、古くから、治療するための薬の開発が試行錯誤されてきた。「かぜ」は、正しくは「かぜ症候群」と呼ばれ、ウイルスなどによって引き起こされる主に上気道の急性の炎症とそれに伴う鼻水、くしゃみ、せき、のどの痛みなどを指している。
もともと、かぜ(風邪)という言葉は、漢方でいう「風邪(ふうじゃ)」から来ていることからもわかるように、古くから人類が悩まされてきた病気といえよう。このため、4000年もの歴史を持つ中国の医学に端を発する漢方では、「葛根湯」「麻黄湯」「小青竜湯」「五虎湯」「麦門冬湯」……など、かぜに由来する諸症状に対し、数多くの対応処方が存在する。
ほかにも、民間療法や民間薬として伝わってきた「かぜ薬」は昔から枚挙にいとまがない。江戸時代に入ると、配置薬のもととなる「富山の薬売り」がかぜやその他の病気に効くというさまざまな薬を売り歩いていたことが記録されている。富山市立図書館の資料として保管されている袋を見ると、「アンチピリン」という言葉が記載されており、明治時代ですでに西洋薬の解熱成分も使われていたことがわかる。
もちろん、民間薬だけでなく、現在まで続く老舗の製薬メーカーもかぜ薬を出している。おもしろいのは参天製薬だ。現在は目薬の主要メーカーとして知られる同社だが、1890年(明治23年)に「田口参天堂」として開業した当時の主力製品は、「ヘブリン丸」という名のかぜ薬だったという。

1924年(大正13年)には、神戸市の家庭薬卸問屋、中西武商店が創業し、今では風神のマスコットで知られる「改源」の販売を開始した。発売当初、パッケージには
お茶でのむかぜ薬
というフレーズが入っていたという。「お茶でのむ」理由は、カフェインを得るため。当時はあえて処方せず、お茶に含まれるカフェインの効果を期待してこのような記述となっていたようだ。現在の「改源」には無水カフェインが配合されているが、用法・用量に「茶湯又は湯水で服用してください」と記載されているのは、そのときの名残だと思われる。






