~1950年代庶民の憩いの場・銭湯がメイン
「もったいない精神」が生んだベストセラー

入浴の歴史は古く、6世紀半ば、仏教とともに日本に伝わったとされている。だが、その頃の風呂はサウナのようなもので、肩まで湯に浸かる入浴方法が一般的となったのは、江戸時代のことである。
当時、銭湯は庶民にとって憩いであり、娯楽であり、社交の場でもあった。町には数多くの湯屋が作られ、客寄せのために、お風呂に薬用植物や温泉成分(湯の花)を入れ、「くすり湯」をアピールする店もあったという。

時は流れて1897年(明治30年)。津村順天堂の社員が、婦人薬「中将湯」製造時の生薬の残渣(残りかす)を持ち帰り、風呂(タライ)に入れたところ、体がポカポカ温まり、湿疹も良くなることを発見し、「くすり湯『浴剤中将湯』」として販売を開始する。同品はその効果と、創業者・津村重舎の巧みな宣伝手腕により、大ヒット商品となった。

「浴剤中将湯」を入れた銭湯は、「中将湯温泉」と呼ばれ大繁盛したという。一方で、その効果の高さから
体が温まりすぎて、夏は汗が引かない
という声も寄せられるようになる。そこで同社は、新たな入浴剤開発に着手。


温泉の成分や体がスーッとする香りなどを研究し、夏季専用の入浴剤として、無機塩類で作った「芳香浴剤『バスクリン』」(1930年)を発売する。
「浴剤中将湯」とは打って変わってモダンな商品名に、ボトルやポスターは当時最先端のデザインを採用。オレンジの粉を湯に入れると緑に変わり、さわやかな松葉の香りが一帯に漂う、という画期的な入浴剤で、一躍人気商品となった。




