1960年代~1970年代内風呂の普及とともに家庭へ浸透
需要の急増と「容器革命」

さらに時はたち1960年代。高度経済成長期まっただ中の日本では、当時最新の設備を備えた集合住宅が次々と建設されていた。このとき、ダイニングキッチンや水洗トイレなどとともに普及したのが内風呂。銭湯までわざわざ行かずとも自宅で入浴できるという、画期的な設備であった。

内風呂の急速な普及に乗って、
遠くの温泉より我が家で温泉気分
という広告で爆発的に販売数を伸ばしたのが、津村順天堂の一般家庭向け「バスクリン」である。その売れ行きはすさまじく、需要急増に対応するべく1964年に工場を新設したものの、今度は容器のブリキ缶の供給が間に合わない。そこで1967年、胴体部分は紙をらせん状に巻いた円筒、上下は金属のフタという、当時最先端の<スパイラル缶>に着目。製造設備を西ドイツ(当時)から購入し、容器の生成から、裁断までの工程を機械だけで行えるようになったことで、生産効率アップとコストダウンを実現した。
2つのロングセラー商品が誕生
内風呂が一般的になった頃、第二次ベビーブームが到来。親子で自宅の風呂に入ることが日常的な習慣となった。入浴剤はますます普及していき、「バスロマン」(アース製薬/1964年)、「シャワシャワ」(ライオン/1973年)、「バスボンバスソルト」(資生堂/1975年)など、さまざまな企業も参入。市場はみるみる大きくなっていく。

そんななか津村順天堂は、同社のもつ漢方薬の知見を生かして、しっかりと温浴効果を実感できる、現代版の「浴剤中将湯」のような商品を作りたいと考えた。試行錯誤の結果、独自の手法で抽出した6種類の生薬エキス100%で作ったのが、「バスハーブ」(1975年)である。生薬を刻んだ「浴剤中将湯」とも、粉剤の「バスクリン」とも異なる液体タイプであることからあえて新しいブランド名とし、TVCMなども投入せずに発売されたが、その効果が評判となり販売数が増加。40年以上たった現在も同じ処方を守り続け、ファンの多いロングセラー商品となっている。

また当時はジョギングが大ブームで、運動後にお風呂でサッパリ、という生活者も多かったという。だが、エアコンは今ほど普及しておらず、せっかく風呂で汗を流しても、しばらくすれば汗だくになってしまう。そこで、「汗をかく夏にこそ清涼感を与える入浴剤を」として開発されたのが「クールバスクリン」(1975年)。
風呂上がりの汗のかきかたが全然違う
と話題になり、夏の定番入浴剤となった。