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入浴剤歴史市場シェア

2023年11月24日グラフ更新

1980年代「健康入浴剤」「本格温泉入浴剤」への進化

市場を揺るがす「炭酸」のチカラ

好景気に沸く1980年代。入浴剤市場も活気に満ちていたが、そのトップの座に君臨していたのは津村順天堂だった。ところが1983年、花王石鹸の発売した入浴剤が、市場を大きく揺り動かす。

そもそも花王石鹸は、入浴剤市場への参入を狙って研究していたわけではない。1981年、同社の医薬品研究員が「炭酸泉の炭酸ガスが、皮膚から吸収されて血行を促進する」という論文をたまたま読み、「炭酸ガスの入浴剤」のアイデアを思いついたのだという。

花王石鹸 「バブ」 (1983年発売)

「炭酸ガスで血行促進?」と、社内でも疑問の声は多かった。そこで「さら湯」と「炭酸ガスが溶け込んだ湯」に手を浸す実験を行ったところ、数分で炭酸ガスの湯に入れた手が真っ赤に変わり、皆を驚かせたという。さらに、冷え症で悩む女性社員の「いままで何を試しても満足できなかったが、これは足先までポカポカする」というモニター報告が決め手となり、ようやく商品化が決定。1983年、炭酸入浴剤「バブ」として販売を開始する。

当時の生活者にとって入浴剤は、「色や香りを楽しむため」に「ときどき使用」するものだった。だが「バブ」は炭酸ガスの効果を前面に打ち出し、「健康入浴剤」としての「デイリー使用」を提案する。結果、競合品の2~3倍という価格設定にもかかわらず、驚異的な売れ行きを記録。

ムード商品に実証精神を持ち込んで成功

と、雑誌で取り上げられるほどの大ヒット商品となった。

「名湯“風”」ではなく「名湯を再現」

1980年代の中頃、バブル景気の狂乱のなか、温泉ブームが到来する。TVや雑誌では温泉特集が組まれ、一部の湯治客にしか知られていなかった山奥の秘湯にも、若い女性がグループで訪れるようになった。

奇しくも同時期、温泉入浴剤の開発を進めていたのが津村順天堂である。未曾有の温泉ブームのなか、成分は共通で色や香りだけ変えた「名湯“風”入浴剤」でもヒットは狙えただろう。だが、同社が目指したのは「家庭で名湯を再現する」ことだった。

津村順天堂 「バスクリン日本の名湯 登別カルルス」 (1987年発売)

開発者たちは全国の温泉地へ足を運び、その湯ざわりや成分を徹底調査。あくまで「家庭用」なので、たとえ有名温泉でも浴槽や風呂釜を傷める成分を含むものは除外し、モデルとなる名湯を厳選した。こうして、各温泉の含有成分の構成比を分析し、個別処方した入浴剤「バスクリン日本の名湯」(1986年)シリーズが誕生する。なかでも、お湯を白濁させる「登別カルルス」(1987年)が爆発的にヒット。以降、鐘紡ホームプロダクツ(現クラシエ)「旅の宿」(1986年)や牛乳石鹸共進社「お湯物語」(1989年)など、各社から温泉系・白濁系入浴剤が次々と市場に投入されることとなった。

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