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水虫薬歴史市場シェア

2022年10月28日グラフ更新

水虫薬のカテゴリーは、梅雨頃の重要カテゴリーのひとつ。数年前までは、“男性向けで季節商品”という扱いが中心だったが、水虫は治りにくいということと、女性のライフスタイルの変化やメーカーによる啓蒙活動によって、現在では“男女ともにオールシーズン”という扱いに変化してきている。各社、さまざまな機能的な商品を発売し、成熟したマーケットとなった水虫薬。このコンテンツでは、水虫薬の歴史について紐解いていく。

※本文中の商品情報(特長・価格・キャッチコピーなど)は、発売当時の製品に関するものです。

~1970年代下駄や草履から靴へ・・・生活様式の変化で水虫が増加

日本での水虫のはじまり

草履を履いている人 イメージ

水虫の語源は江戸時代にさかのぼる。水田での作業時に手足に水泡ができてかゆくなることから来ており、当時は正体不明の虫が足にたかり、かゆくなるものと考えられ、「水虫」「田虫(たむし)」と呼ぶようになったといわれている。

日本で水虫を病気として研究し始めたのは1890年代になってからで、その後、1918年に東京大学皮膚科教授の太田正雄博士が、水虫の原因菌である白癬菌と呼ばれるカビを分離培養したのがはじまりとされている。白癬菌は、皮膚の角質層にすみついてたんぱく質を栄養源に繁殖していき、温かく湿った環境を好むのが特徴。

時は流れて昭和初期。水虫が爆発的に大流行する事態に。その原因は軍隊。これまで下駄や草履で暮らしていた人々も軍隊では靴の着用が義務で、一日中靴を履いたままの訓練により、足が蒸れて白癬菌にとっては格好の繁殖場となり、水虫が大流行となったという。

さらに時代は進み、昭和中頃になると、西洋式の生活が浸透し、一般の人々も下駄や草履から、靴を履いて生活する時代へと変化していった。1960年以降の高度経済成長時代に入って普及した靴と靴下(とくに通気性の悪いナイロン製の靴下が大流行)を履く生活様式は、白癬菌の繁殖のためにあるようなもので、この頃から水虫に悩む人が急激に増えていったという。

当時の水虫薬は?

まだ抗真菌剤が開発される前だった当時、水虫の治療に使われていたものとしては、マーキュロクロムやヨードチンキ、サリチル酸製剤が主流だった。

主な商品としては、「小林 タムシチンキ」 (小林製薬)、「ピレポン」(横山製薬)、「アスターS」(丹平製薬)、「ダマリン」(大正製薬)などが市場に流通していた。

ちなみに、今ではサリチル酸製剤については、ほとんど見かけることがなくなったが、現在も根強い一部のユーザーによって支持され、売れ続けている。サリチル酸はもともと角質溶解剤のため、患部に塗布すると皮膚が剥けて効果が実感しやすい、という理由もあるようだ。

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