~1990年代平型マスクからプリーツ型マスクへ


日本でマスクを着ける習慣ができたのは、1919年(大正8年)のスペインかぜ、現在でいうところのインフルエンザの大流行によるものといわれている。当時のマスクは金網に布を張ったものが主流で、主に粉塵対策として使われていたというが、ウイルス対策として普及し始めたのがこの頃だと考えられる。

第二次世界大戦後、いまだ日本がGHQの統治下にあった1948年(昭和23年)、玉川商店(現・玉川衛材)は「オリオンマスク」という名称で、ガーゼを重ねてゴムひもをつけた平型マスクを発売する。そこから30余年を経た1985年に、興和が発売した「クリーンラインコーワ」もガーゼでできた平型タイプであり、このタイプが長らく家庭用マスクの主流であったことが見てとれる。ガーゼマスクは洗って繰り返し使うことを前提としており、小学校での給食当番で使用した記憶のある人も多いだろう。
このように、ウイルス対策や衛生対策として使われていたマスクに、新たな用途を加えたのが花粉症の顕在化である。国内で初めてスギ花粉症が報告されたのは1964年(昭和39年)のことだが、1970年代後半からスギ花粉の大量飛散が何度か発生し、1980年代には花粉症患者の増加が社会問題化。花粉症対策として、マスクを着ける人がみられるようになった。
そして1980年代後半には、不織布を素材としたマスクが登場する。不織布をプリーツ状に折ってひだを作り、両端を固定したプリーツタイプと呼ばれる形状で、プリーツを広げて着けると口元の空間が広く取れ、呼吸が楽にできる。また、ガーゼのように洗って繰り返し使うのではなく、使い捨て前提で作られており、より衛生的に使用できるという一面もあった。
しかし、不織布でできたプリーツマスクが世の中に登場したことを除くと、1990年代にはマスク業界にはあまり大きな動きは見られなかった。





