1970年代「まだお厚いのがお好き?」
「40年間お待たせしました!」国産ナプキンの登場
1961年にアンネ社が紙ナプキンを発売するまで、生理対処には脱脂綿や紙綿が使われていた。生理に対する「不浄」「隠すべきもの」という意識が強かったことから、当時は生理について口にするのもはばかられる時代だった。
ユニ・チャームが生理用ナプキンとタンポンに参入
生理を前向きにとらえた広告が奏功し、アンネ社の紙ナプキンは大ヒット。雨後の筍のようにさまざまな会社から類似品が発売され、一大カテゴリーを築くかと思われたものの、薬局の片隅でこっそりと買うような存在であることには変わりがなかった。そんななか、大成化工(現:ユニ・チャーム)の創業者である高原慶一朗は、アメリカを視察した際に、生理用ナプキンがスーパーマーケットで山積みにされ、堂々と販売されている光景に驚愕する。日本でも、女性が堂々と生理用ナプキンを買えるようにしたいという夢を抱いた高原は、1963年に生理用ナプキンに参入。さらに1974年には、タンポンの製造も開始している。

発売から約4年後の「チャームソフトタンポン」パッケージ(ユニ・チャーム提供)
経済が成長し、女性の社会進出が始まる
日本経済が高度成長期から安定成長期を迎えた1970年代には、女性が外に出る機会が増えていった。行動的になった女性は、生理用ナプキンに品質やフィット感を求めるようになっていく。1976年、ユニ・チャーム社がタレントの研ナオコを起用したTVCMで使用した
まだお厚いのがお好き?
というキャッチコピーは、有名なタレントが堂々と生理用ナプキンの話をしたという点で画期的なものだったが、生理用ナプキンの品質がアップしたということを生活者に気づかせる役割も果たしたのではないだろうか。
花王の参入と、本格的なポリマー吸収体の登場
さらに1978年には、花王も「ロリエ」ブランドを擁して生理用ナプキンに参入。国産品として初めて、本格的にポリマー吸収体を採用した生理用ナプキンで、ナプキンの薄型化に一役買っている。それまでのナプキンの吸収体はパルプのみを用いたものが主流で、吸収性能を確保するにはある程度の量(厚み)が必要だったが、「ロリエ」は高吸収ポリマーを採用することで、薄型化と高い吸収性の両立を実現。
薄いのに、多い日も安心
というキャッチコピーも、女性たちの心をとらえた。




