1960~1970年代衣類をソフトに+静電気防止も
衣料の多様化


1962年、日本で初めての柔軟仕上げ剤「花王ソフター」が花王から発売される。元々は、赤ちゃんの肌着やオムツ、タオルなどを洗うときに、“洗った布地がいつまでもソフトに、新品のままの感触が保てたなら・・・”という母親たちの願いから生まれたものだった。また、当時、化学繊維衣料の普及に伴い、静電気のパチパチした不快感が気になるという声が多く聞かれるようになり、それを防止する目的としても開発は進んだ。高度成長期のなかで、衣類にお金をかける余裕が出てくると、その取扱い方法への関心が高まりだしたことも背景となり、注目を集める商品となった。

同年、花王は塩素系漂白剤「花王ブリーチ」も発売。これまで、漂白やシミヌキは、洗濯後に別に行っていたが、わざわざお湯を沸かしたり、すすぎを何度も繰り返したりと、2度も3度も手間がかかるものだった。そこで、この面倒をはぶき、洗濯といっしょに漂白、シミヌキができるようにという考えから開発された。

一方、ライオンは、仕上げ剤トリオとして1966年に柔軟剤「ライオンソフター」、塩素系漂白剤「ライオンブリーチ」、液体洗濯のり「ライオンハイスターチ」を同時発売し、追撃を開始。カテゴリー名を商品名に取り入れ、洗濯仕上げ剤そのものを世の中へ浸透するよう努めた。
その後、電気洗濯機の普及が進み、合成洗剤が急速に浸透していくと同時に、洗濯仕上げ剤もその認知度を上げていった。
類似品があふれ、改称ブームに?


瞬く間に人気を集めた「花王ソフター」だったが、その注目度の高さゆえに同業他社から類似品が多数発売される事態に・・・。そこで、差別化を図るべく、花王は1966年に「ハミング」へと改称。同様に、「花王ブリーチ」を同年「花王ハイター」に改称する。

一方、ライオンも、1975年に「ライオンブリーチ」を「ブライト」に改称したほか、「ライオンソフター」も同年に「ソフランS」へと改称。洗濯のりの「カインド」と3商品そろえてプロモーションを重点投下する。なお、「ソフランS」は、当時、清潔感からブルーのパッケージが主流のなか、これまで軽視されてきた香りの良さを全面に押し出し、フローラルのやさしい香りを連想しやすいピンクをイメージカラーに採用した。洗濯を少しでも楽しいものに、毎日の家事を明るいものに変えたいというコンセプトにより、画期的な商品として大ヒットへとつながる。
当初は赤ちゃんの洗濯物(布オムツ、肌着)をソフトにするために生まれた柔軟剤だったが、化学繊維の多様化を背景に、セーター、カーディガン、肌着、ランジェリーなどにも使われ始め、その必要性が高まり、容量も特大サイズが増えていった。洗濯後の衣類のアフターケア商品のひとつとして柔軟剤市場はさらに大きく育ちつつあった。



