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衣料用洗剤歴史市場シェア

2024年7月26日歴史・グラフ更新

日々の生活には欠かせない洗濯をサポートしてきた衣料用洗剤。これまで各メーカーのたゆまぬ努力により、時代時代に合わせた革新的な商品が多数登場し、そして現在も市場を盛り上げ続けている。そんな衣料用洗剤の歴史を追う。

※本文中の商品情報(特長・価格・キャッチコピーなど)は、発売当時の製品に関するものです。

1950年代~1960年代合成洗剤の黎明期

当時、洗濯は手洗いが主流だったが、1950年代半ば以降、普及した電気洗濯機での洗濯が主流に。高度経済成長の時代、“三種の神器”と呼ばれた電気洗濯機とともに、合成洗剤も一気に普及したことで、洗濯にかける時間と手間が大幅に減った。

時代は粉石けんから合成洗剤へ

1950年代半ばまでは、一般家庭では洗濯には粉石けんを使うのが主流だった。現在では衣料用洗剤の主流である合成洗剤は、1933年にドイツから技術を輸入して製造が始まった。そして、1937年、高級アルコール系中性洗剤「モノゲン」が家庭用粉末合成洗剤第一号として発売される。

「電気洗濯機の普及率」(二人以上の世帯)

グラフイメージ

出典:内閣府「消費動向調査」(2004年3月)より作成

しかし、1950年代半ばまでは、市場の反応は冷ややかだった。その後、電気洗濯機の普及が進むと、水に溶けやすく泡立てる手間がかからない合成洗剤が急速に普及していく。そしてついに1963年、粉末合成洗剤の生産量が粉末粉石けんの生産量を上回る。

花王 「ワンダフル」 (1953年発売)

この頃、花王から発売されたのが合成洗剤「花王粉せんたく」(1951年)。その後、名称を「ワンダフル」(1953年)に変更。手洗いでも電気洗濯機でも使え、コストの安さを謳った

たった50円で

というキャッチフレーズも功を奏し、ヒットへと繋がった。

一方、当時粉石けんで業界1位のシェアを獲得していたライオンも、1940年代~50年代のアメリカでの合成洗剤の急激な拡大を受け、日本において未知数であった合成洗剤の開発導入を検討。1951年に合成洗剤「ライポン」を発売する。しかし、食器や野菜洗いにも使えることをアピールした結果、その特長がぼやけてしまい、衣料用洗剤としての認知が上がらず、販売数がふるわなかった・・・。

続々と新商品が登場・・・!

ライオン 「トップ」 (1956年発売)
ライオン 「ハイトップ」 (1962年発売)

スタートダッシュにつまずいたライオンだったが、1956年に衣料用合成洗剤「トップ」と、野菜果物・台所用合成洗剤「ライポンF」として、使い分けを提案。さらに、弱アルカリ性の「ニュートップ」(1960年)、すすぎ時に泡が素早く消える「ハイトップ」(1962年)、洗濯時間短縮を目指した「ニューハイトップ」(1968年)を立て続けに発売し、ヒットを記録する。このようにライフスタイルに分けて展開することで、ライオンは市場において確かなポジションを築いていく。

当時は毎日洗濯をする習慣がなかった一方で、白物衣料が多く、外で子どもが遊ぶため、洋服がとても汚れていた時代。そんななか、花王は1960年に、頑固な汚れに強い「ザブ」を発売する。同商品は、アスファルトが普及しておらず、土埃も多く、“見える汚れ”が悩みのたねとなっていた生活者の心をつかんだ。また、1963年には、戦前に人気があった、粉石けんの「ビーズ」を合成洗剤化して復活させた、香りの洗剤「ニュービーズ」を発売。

白さと香りのニュービーズ

というキャッチコピーで知れ渡り、ヒットした。

なお、当時は「東の『ザブ』と西の『ニュービーズ』」と言われるほど、関東と関西では売れ筋商品が違っていたという。

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