~1950年代始まりは江戸末期にあり

生薬+蘭学=龍角散?
古くからある「のどの薬」となると、生薬を主体とした数千年の歴史を持つ中国医学と、その流れをくむ漢方薬や生薬製剤が思い浮かぶだろう。現在ものどのケアに使われる処方はいくつかあるが、たんを切ったり、のどの炎症を抑えたりする目的の処方を元にしてできたのが、「ゴホン!といえば」でおなじみの「龍角散」だ。

「龍角散」は、秋田藩(佐竹氏)の御典医(ごてんい)を務めていた藤井玄淵(げんえん)が藩薬として創薬、子の玄信(げんしん)が蘭学の知識を漢方に取り入れて原型を開発したとされる。3代目の正亭治(しょうていじ)が、藩主の持病であった喘息を治すために処方を改良。現在の「龍角散」の基礎を確立した。その後、廃藩置県で藩が消える際に、正亭治は藩のものとされていた処方を下賜され、江戸で一般向けに売り出した。販売当初は苦戦していたというが、1918年から1921年にかけてスペインかぜがまん延した時期には生産が追いつかず、新たに工場を建設せざるを得ないほど売れるようになったという。
なお、龍角散の薬名は、初期の処方に「龍骨(りゅうこつ)」「鹿角霜(ろっかくそう)」「龍脳(りゅうのう)」が使われたことに由来しているが、現在の処方にはこれらは含まれていない。
世界有数のヨウ素生産国 日本
一方、殺菌のために使うのどスプレーやうがい薬に配合される成分として「ヨウ素」があるが、それが発見されたのは1811年。フランスの硝石業者であるクールトアによって海藻の中から発見された。この当時、火薬の原料となる硝石は海藻を焼いた灰から抽出していたが、その過程で海藻にヨウ素が含まれることがわかった。
当時は重要な殺菌成分であるヨウ素は、海藻を焼くことで入手できるため、周りを海で囲まれた日本では江戸時代の末期から明治にかけて海岸近くでその産業が発達した。

その後、「かん水」と呼ばれる地下から採れる古代海水からヨウ素を工業的に製造できることがわかり、日本にその資源が豊富にあることがわかると、チリに次ぐ世界第2位の主要産出国となった。世界の生産量のほとんどがチリと日本によるもので、そのうち日本が30%ほどを占めているという。
このヨウ素を使った商品(ポビドンヨード)として有名な「イソジン」は、1950年代に開発された殺菌・消毒剤の世界的ブランドで、世界では「ベタダイン」として各国で使用されている。



