2000年代UVケアの習慣化

紫外線対策の啓発がはじまる
2000年代に入ると、スキンケアカテゴリーでも美白成分配合のアイテムが次々とヒット。美白が長期的なトレンドとなっていく。その背景には、紫外線が与える影響についての認知が高まったことがある。厚生労働省では、母子健康手帳を1998年に改訂した際に、「日光浴」という言葉を「外気浴」に変更。これは、子どもが紫外線を浴びるメリットよりも、皮膚に与えるデメリットのほうが大きいという考えによる。また、環境省では2003年に『紫外線保健指導マニュアル』を作成(現在は『紫外線環境保健マニュアル2015』として改訂)し、紫外線の害と、日焼け止めの使用を含む紫外線対策について、科学的な啓発を開始したのだ。

こうしたなか、2000年にカネボウ化粧品から「アリィー」が誕生。ハワイ語で「王族」を意味するこのブランド名には、上質さ、やさしさ、親しみやすさといった意味がこめられ、“素肌にやさしい高性能の日焼け止め”というイメージを前面に出していた。
敏感肌向けアイテムの登場

花王は、感触の良さを売りにした「ビオレさらさらUV」を2001年に発売。また、乾燥性敏感肌を考えたブランド「キュレル」から「キュレルUVカット」シリーズを2003年に発売し、日焼け止めが刺激になると感じていた人や、すでに同ブランドのユーザーであった敏感肌層に「敏感肌でも使える日焼け止め」として受け入れられた。
ニベア花王は、当時市場では珍しかったジェルタイプの「ニベアUVプロテクトウォータージェル」を2004年に上市。ロート製薬も、スキンケア感覚で使える「スキンアクア」を2008年に発売。商品のトレンドは、徐々に“肌へのやさしさ”や“感触の良さ”に向かい始める。
SPF最高値の制定
さらに2005年、日本化粧品工業連合会によりSPFの最高値が「50+」に制定される。理論値として50以上であっても、50+までしか表示できなくなったことで、SPFの数値競争は終わりを告げた。このSPF最高値制定は、生活者が“一度日焼け止めを塗ったら長時間効果がある”と思い込むことを防ぎ、こすれや汗の状態に応じて塗り直すことを啓発する目的があったとみられている。すなわち、こまめに塗り直すことが前提条件となるため、使い心地の良いものが求められていくのは当然の流れといえた。
このように、日常でも紫外線を無防備に浴びるのは良くない、という意識が高まったことや、日焼け止めの使い心地が向上したことなどにより、日焼け止めの使用が、レジャー時の特別なケアから、毎日の習慣へと変化しはじめた。
一方で、使い心地の良さだけではなく、ほかの付加価値を模索するメーカーも多かった。ロート製薬が着目したのは、紫外線による“光老化”。紫外線によるダメージが、今だけでなく将来の肌にも悪影響を及ぼす、というアプローチで、エイジングケアの一環として2006年に「オレゾ」シリーズを市場に送り出した(現在は販路限定)。

2009年には、コーセーコスメポートがスプレータイプの「サンカット® ウルトラUVプロテクトスプレー」を発売。メイクをしているため“こまめに塗り直す”ことが難しい、と感じる女性に対し、メイクの上からでも簡単に塗り直せるという訴求で好評を得た。それまでにもスプレー剤形が存在していなかったわけではないが、コーセーコスメポートが人気女優を起用して同品のプロモーションを行ったことにより、一気に定着した感がある。