1970年代~1990年代多様化するゴキブリ駆除

不快感の軽減と利便性を追求する時代へ
1964年の東京オリンピック、1970年の大阪万博と、国際的なイベントを次々成功させた日本では、人々の暮らしも豊かになっていった。生活水準が向上すれば、人々は「便利さ」「快適さ」を求めるようになる。ゴキブリ用殺虫剤についても例外ではなかった。
この頃すでにゴキブリ捕獲用のカゴや容器が流通していたが、捕獲したゴキブリは水に浸けて殺してから処分する必要があるなど、手間だけでなく心理的な負担も大きいものだった。
こうした衛生害虫の駆除についてまわる不便や不快感を解消する商品として開発されたのが粘着剤を用いた捕獲器だ。その端緒となったのが、1970年、大日本除虫菊が発売した山型の捕獲器「コックローチボックス」だ。ゴキブリを、室内の生息場所に似た暗く狭い空間に誘い出して捕らえるという発想で、すでによく知られていた「コックローチ粒」を箱の中にセットすることで誘引し、中に入ったゴキブリが外に出られないようにする画期的な仕組みが施されていた。

さらに1973年には、アース製薬の「ごきぶりホイホイ」が上市した。「ごきぶりホイホイ」は、当時の社長であった大塚正富氏が、子どもの頃、セミ捕りに利用していた“トリモチ”の粘着性にヒントを得て試行錯誤の末に誕生したもの。光を遮る厚紙で作った箱の底に塗布した粘着剤と中央に設置した誘引剤で誘い込んで捕獲する仕組みで、誘引されたゴキブリが触覚で粘着剤を察知して逃げてしまうという失敗もあったが、入り口に傾斜を付けて粘着剤に触れずに箱に誘い込むことで捕獲性能を向上させ、ゴキブリ捕獲器の代名詞となるヒット商品となった。

1977年には、大日本除虫菊がゴキブリ用エアゾールとして「コックローチS」を発売。当時開発されていた速攻性と致死性を兼ね備え、なおかつ安全性の高いピレスロイドを採用。部屋で見つけたゴキブリに噴射することで直接駆除できるようになり、ゴキブリ駆除の利便性が格段に向上した。

水で薬剤を揮発させる「アースレッドW」と、「かんたんアースレッド ノンスモーク」(いずれも第2類医薬品)。
1978年にはアース製薬が、従来の着火式ではなく、化学反応熱による薬剤の蒸散を可能にしたくん蒸剤「アースレッド」を発売した。着火式のくん煙剤は、火を使う必要があること、着火剤に含まれる燃焼剤による降下灰が出やすいことなど、利便性に関する課題があった。そこで、有効成分と加熱剤となる生石灰を分けてセットし、水を注ぐことで殺虫成分を加熱蒸散できる仕組みを開発したのだ。
その後、各社もいわゆる「水タイプ」のくん蒸剤を発売。先行していたくん煙剤についても、マッチやライターでの着火が不要で、容器に付属したすり板で発熱させるタイプが主流になるほか、火災報知器に反応しにくい、ガスの力で薬剤を拡散する全量噴射式エアゾールも登場した。
毒餌剤の多様化
ゴキブリ駆除剤には、除虫菊と同様の機序をもち、ゴキブリの神経系を麻痺させるピレスロイド系の殺虫成分が使用されることが多かった。そんな中、「ホウ酸」を使ったゴキブリ用毒餌剤を開発した企業が現れる。

タニサケが1986年に発売した「ゴキブリキャップ」は、誘引成分を混ぜた「ホウ酸だんご」をドーム型の容器にセットしたゴキブリ用毒餌剤で、ゴキブリの出現場所に設置して駆除するというものだ。ホウ酸は自然界に存在する無機物で、眼科領域では消毒目的で洗眼に利用されており、哺乳類への毒性は低いものの、ゴキブリはホウ酸を体外に排出できない。この特性を利用し、匂いにつられてホウ酸を摂取したゴキブリは、徐々に脱水状態に陥って死に至るというものだ。殺虫成分を使用せず、置くだけでゴキブリ駆除できるという手軽さが、主婦層を中心に支持された。
また、1989年には、大正製薬が米クロラックス社から導入したゴキブリ用毒餌剤「コンバット」を発売した(現在は大日本除虫菊が販売)。
1980年代のアメリカ都市部ではゴキブリの大量発生が社会問題となっており、公衆衛生上の危機として対策を急いでいた。捕獲器や殺虫剤では駆除できなかったゴキブリに効果を発揮したのが、円形のプラスチック容器に入ったゴキブリ用毒餌剤「コンバット」だった。

「コンバット」は、アメリカにかつて存在した化学・医薬品会社アメリカン・サイアナミッド社が開発したゴキブリ用毒餌剤で、配合されている殺虫成分はアミジノヒドラゾン系の一種ヒドラメチルノン。もともとはヒアリの殺虫剤として利用されていたが、ゴキブリにも効果があることが確認されたのだ。ヒドラメチルノンは、ピレスロイド系の殺虫成分とは機序が異なり、昆虫のエネルギー代謝を阻害することで駆除する。黒い容器にはゴキブリが入りやすく、エサを食べやすいサイズのスリットを設ける工夫も施されている。また、大型のクロゴキブリや抵抗性ゴキブリ、硬い殻をもつ卵にも効果を発揮するほか、ゴキブリは、死んだ仲間の死骸や糞を食べる習性があるため、巣にいる虫全体を駆除することができる特徴をもつ。
その後、アース製薬もヒドラメチルノンと似た作用をもつフェニルビラゾール系殺虫剤フィプロニルを配合した毒餌剤「ブラックキャップ」を2005年に発売。現在は「コンバット」シリーズの一部でも「フィプロニル」を採用した商品を展開している。