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まつ毛美容歴史市場シェア

2023年6月30日記事公開

コロナ禍下、外出の際にマスク着用が定着したことによって、目元の印象を高めるアイメイク関連アイテムの需要が伸びた。今回は、そのなかでもマスカラ、つけまつ毛、まつ毛美容液、その関連商品等を「まつ毛美容カテゴリー」としてくくり、取り上げていく。

1910~1970まつげメイクの黎明と文化

魔除けから始まったアイメイク

魔除けから始まり、時代が求めるトレンドによって変化してきたアイメイク。インドの女性は「kajal(カジャル)」と呼ばれるハーブを燃やした煤を練った黒いアイラインを引く習わしがあるが、外出する赤ちゃんや子どもの額やほほにも、魔除けとして黒い丸が描かれる Photo by Sangeet Rao from Pexels https://www.pexels.com/photo/portrait-of-a-cute-child-with-black-dot-on-face-9099100/

「目力」という単語もあるように、「目(め)」は人の顔貌(かおかたち)の印象を決定づけるもっとも重要な部分とされる。
「まつ毛」は、生体的には目に異物が入ることを防ぐ役割をもつが、眉毛、まぶたとともに目の輪郭を強調し、より印象深い瞳をつくるアイメイクに欠かせないパーツの一つだ。
アイメイク自体の歴史をたどれば、魔除けとしての始まりをもつ例が多く、古代エジプトの孔雀石を砕いたアイシャドウや、インドの赤ん坊の黒い縁取り、日本の巫女の丹(赤土)塗りなどが挙げられる。

「マスカラ」を発明した薬剤師

現在おなじみの「マスカラ」が誕生したのは、1913年。アメリカのメンフィスで、薬剤師が妹のためにつくったものだった。ワセリンに石炭粉を混ぜてまつ毛に塗り、濃く見せるもので、マスカラの原型となった。
この妹の名前「メイベル」と「ワセリン」を組み合わせて誕生したのが「メイベリン」だ。
その後、1939年には水や汗、涙に強くにじまないマスカラが誕生。ニューヨークで開催された世界博覧会の水中バレエのために、化粧品ブランド・ヘレナ ルビンスタインが開発したといわれている。
ヘレナ ルビンスタインは、その後1958年にも、それまで水で溶かして使う固形状だったマスカラを、現在のスティックタイプの商品として発売しており、マスカラの歴史に大きく貢献したといえよう。
つけまつ毛も、1920年代には舞台や銀幕に立つ一部の女性のメイクとして取り入れられていた。まつ毛をカールさせるビューラーが発明されたのもこの時代だった。

花街発で商品化されたつけまつ毛

日本でも、同時期に、浅草花街の芸者衆が海外からつけまつ毛を輸入していたようだ。また、希少で高価だった外国産のつけまつ毛をまね、自分の髪の毛を抜いてつけまつ毛をつくっていたという。
つけまつ毛の本格的な商品化は戦後のこと。1947年、小間物商としてかつらを扱っていた小林幸司氏が、職人の手によって1本1本ていねいに束ねられた「特製コージー附まつ毛」を日本で初めて製造販売し、人気を博した。その後、コージー本舗が設立され、ミンクの毛やナイロン製の人口毛を用いたヒット商品も生まれていく。

ツイッギー、「つけま」つける

ツイッギー風メイクを施した女性。ミニスカートと目元を強調したメイクは一大ブームを巻き起こした

「まつ毛」がさらに注目されたのは、戦後の混乱期を経て1960年代にはじまったスウィンギング・ロンドンのムーブメントだろう。
ロンドンを起点に若者が主導したビートルズに代表されるカルチャー革命で、とくに音楽、芸術、ファッションにおいて世界中に影響を与えた。
ファッション界の旗手であったマリー・クヮントが描いた新しい女性像は、ミニスカートを生み、ファッションモデルのツイッギーはそのアイコンとなった。
目元を強調したツイッギーメイクの特徴である「長くて太いまつ毛」は、つけまつ毛の需要を一挙に高め、まつ毛エクステなどの新たな商品開発を促し、さらにはまつ毛の育毛、ケアという概念も生み出した。
あわせてアイメイクというカテゴリーを化粧品業界のトップカテゴリーに押し上げたと言ってよいだろう。

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