1960年代~1970年代ハトが舞い、容器が進化し、獅子参入!?
<オールラウンド>タイプ目薬の登場
1962年、ロート製薬は一社提供TV番組「私はナンバーワン」を開始。番組の冒頭で流れるオープニングキャッチ映像とともに、生活者の認知度をさらに高めていった。

同年、参天製薬は国内初のプラスチック(ポリカーボネート)容器を採用した「スーパーサンテ」を発売。ガラス瓶よりも割れにくく、軽く、点眼しやすいとして、一時は生産が追いつかなくなるほどの大ヒット商品となる。
容器の素材がプラスチックへと替わり、保管性や携帯性がアップしたことで、目薬はそれまで以上に身近な常備薬となった。ちょうどこのころ、各社から1本でさまざまな症状に対応できる<オールラウンド>タイプの目薬が登場し、主流となっていく。
多様化のはじまりと、ライオンの参入

1970年代も引き続き、目薬の主流は<オールラウンド>タイプだった。だが一方で、対象者・症状を絞った商品の登場により、新たな市場が誕生する。
プールから上がった子どもたちの目がまっ赤なことに着目したロート製薬は、1970年に「子どもV・ロート」を発売する※。使用者である子どもにきちんと商品を理解してもらえるよう、大衆薬として初めてパッケージや添付文書にイラストを採用。これが「プールのあとにさす目薬」として大ブレイクし、<小児向け>市場を開拓した。
※日本初の子ども用目薬はロート製薬「小児用ロート目薬」(1961年発売)

1972年、玉置製薬に資本参加したライオンは、同社が販売する「スマイル」の商標と清涼感に着目。ブランドを譲り受け、パッケージも一新した「スマイル」(1976年)で目薬業界に参入する。ビジネスマン向けの目薬として男性タレントを起用し、“冷たいさし心地”をアピールするという、当時としては異例のCMを展開。結果、
最近、こんなに売れる目薬は見たことがない
と販売店から言われるほどの大ヒット商品となった。
なお、衛生環境の改善によりトラホームなどは下火となったが、麦粒腫(ものもらい)などの悩みは依然としてあった。そこでロート製薬は1973年、抗菌成分のサルファ剤を配合した「サルファロート」を発売。これが、現代まで続く<抗菌目薬>の源流となった。