2000年代水・緑茶飲料の快進撃
水購入の定着と新容器の登場
結局、Y2K問題が社会を混乱させることはなかったが、飲料業界に思わぬ好影響をもたらした。備蓄していたミネラルウォーターを飲んだことがきっかけとなり、その後も水を購入する生活者が増加したのである。
また、2000年には伊藤園が<加温販売専用PETボトル>を開発。缶しかなかったホット飲料に改革をもたらした。こうした技術革新もあり、2001年の時点では清涼飲料の5割以上がPETボトルとなっている。
そんななか、同年発売のウーロン茶「聞茶」(キリンビバレッジ)が、新たな飲料容器として<ボトル缶容器>を採用。リキャップができ、PETボトルよりも熱伝導率が高いことに加え、飲み口が広く香りが楽しめるという特性から、その後、プレミアム志向のコーヒーなどでボトル缶を採用するものが増えていった。
「緑茶戦争」の勃発
2000年代の清涼飲料業界を湧かせたニュースといえば、「緑茶戦争」である。

当時の緑茶飲料は、圧倒的シェアをもつ伊藤園をはじめ、多くの飲料メーカーが「お茶の苦味・渋味」といった<緑茶らしさ>を追求していた。そんななか、2000年に「お茶のうま味・あま味」に着目した、新しいタイプの緑茶飲料「キリン 生茶」(キリンビバレッジ)が登場。「生」という名称や、ほかの緑茶と明らかに違う味わいが評判となり、大ブレークする。
これを受け、各社で緑茶飲料の開発競争が激化、「緑茶戦争」と呼ばれる状況に突入した。その熱気は生活者にも伝わり、単なるシェア争いではなく緑茶飲料の市場自体が拡大。1997年に売上高ベースで1000億円台だった緑茶飲料市場は、倍の2000億円規模へと成長した。

その4年後、サントリーフーズが京都の老舗茶舗・福寿園とコラボレーションした、「サントリー緑茶 伊右衛門」(2004年)が空前の大ヒットとなる。

また、2004年に発売された伊藤園「お~いお茶 濃い味」により<濃いお茶ブーム>が勃発。さらに、翌2005年にはコカ・コーラ「一(はじめ)」、アサヒ飲料「若武者」などの大型商品が登場し、「キリン 生茶」(キリンビバレッジ)もリニューアルを行う。
こうして、一時は毎週のように新商品・リニューアル品が発売されるほどの乱戦状態となった。これが「第二次緑茶戦争」である。結果、各社とも大きく販売数量を伸ばし、緑茶飲料市場は売上高ベースで4000億円規模まで拡大している。
