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清涼飲料歴史市場シェア

2025年8月29日歴史・グラフ更新

1990年代小容量PETボトルの規制解禁

ファッションとY2K問題で水の購入者が増加

長く続いた好景気は、バブル崩壊という形で終わりを告げた。また、1989年に導入された消費税を企業努力で吸収し続けることが困難となり、1992年ごろ自販機の清涼飲料が100円から110円へ、さらに1998年には120円へと値上げされている。

だが、清涼飲料の生産量自体は、バブル崩壊直後の1993年に一時的に落ち込んだものの、右肩上がりに増え続けている。これは、1992年のオレンジ果汁の輸入自由化による果実飲料販売メーカーの増加、1994年の記録的な猛暑、1995年のブレンド茶ブームなど、追い風となる出来事が立て続けに起こったことが原因といえるだろう。

また、缶飲料のプルタブのポイ捨てによる散乱ゴミが社会問題となり、1990年ごろからタブが缶から外れない、現在の<ステイ・オン・タブ>方式に切り替わった。


さらに革新的な出来事が<小容量PETボトル>の登場である。


1995年、容器包装リサイクル法が制定され、容器包装廃棄物のリサイクルシステムが構築されることとなった。また同時期、小容量PETボトルの輸入ミネラルウォーターを、専用ホルダーで首から下げるファッションが若者の間で流行。こうした流れを受け、1996年に全国清涼飲料工業会は、小容量PETボトルの国内製造を解禁する。

なお、ミネラルウォーターを持ち歩くブームは数年で終わったものの、1999年には翌年の「Y2K(2000年)問題」が話題となり、混乱に備えてミネラルウォーターを備蓄する生活者が急増した。

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