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清涼飲料歴史市場シェア

2025年8月29日歴史・グラフ更新

1945~1950年代焼け野原からの再スタート

全国でおよそ2700あったとされる清涼飲料工場は、第二次世界大戦後、6分の1程度にまで減少していた。容器はおろか、原料さえも手に入らない状況だったが、1946年の人工甘味料(サッカリン、ズルチン)使用の認可、1947年の食品衛生法改正による透明ではなく混濁したジュースの生産可、といった追い風を受け、清涼飲料業界は再建に向けて歩み始める。

1954年、明治製菓が日本初の缶入り飲料「天然オレンジジュース」を発売。現在のような飲み口はなく、専用の缶切りで飲み口と空気穴、2つの穴を開けて飲むタイプだったが、びんに替わる飲料容器の新境地を切り開いた。

また、1956年にはコカ・コーラのフランチャイズ権を取得した日本初のボトラー社、東京飲料(現:コカ・コーラ ボトラーズジャパン)が誕生。翌1957年から、「コカ・コーラ」の本格販売が開始されることとなる。

戦後10余年。当時の国民所得は戦前の最高水準と同レベルに達し、1956年には「経済白書」の「もはや『戦後』ではない」という言葉が流行語となる。日本は戦後復興期をあっという間に駆け抜け、すでに高度成長期へと突入していた。

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