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便秘薬(下剤・浣腸)歴史市場シェア

2026年5月29日歴史・グラフ更新

近代日本浣腸史

家庭薬としての浣腸

18世紀の画家ゴヤの作品に描かれた浣腸器。
Aquatint with etching by F. Goya, c. 1797(CC BY 4.0)
https://wellcomecollection.org/works/sgvedu96

中世ヨーロッパでは、上流階級から火がつき、健康法として広く浣腸が流行。近世にかけて一大ブームを巻き起こし、各家庭に浣腸器が置かれるほど浸透した。
日本へ渡ってきたのは、1600年代(江戸時代)、オランダから西洋医学の知識が入り始めた頃で、当時の真鍮(しんちゅう)製の浣腸器が残されている。


家庭薬としての浣腸が日本ではじめて誕生したのは、1925(大正14)年。東京の開業医・田村廿三郎(はたさぶろう)氏によって開発された。当時、田村医師は昼夜を問わず往診し、急患対応に追われていたが、子どもの急な発熱やひきつけなどの多くは便秘に起因するものであり、グリセリン水溶液を用いた浣腸が有効であることが知られていた。そこで、浣腸を家庭の常備薬にすべく、8年もの歳月をかけて「イチジク印軽便浣腸」の開発に成功。イチジク浣腸は、その名の通り、イチジク型のセルロイド容器に薬が入ったもので、それまで医師が専用の注射器で行っていた浣腸を、より手軽に安全に使えるよう設計された画期的なものだった。翌年、田村医師が立ち上げた事業会社が現在のイチジク製薬であり、浣腸の代名詞として知られるイチジク型浣腸は、創業以来のロングセラーとなっている。

レトロなパッケージの戦前のイチジク浣腸。容器はセルロイドだった(左2枚)。
現代のイチジク浣腸。時代によるアップデートはされているものの、
イチジク型をベースとしたフォルムは変わらない(右2枚)

浣腸の歴史は容器の革命

浣腸薬は、水とグリセリンの配合が誕生当時からほぼ変わっておらず、進化が続いたのは、使いやすさを担う容器のデザイン。画期的だったポイントは2点で、ロングノズルと、ジャバラの採用だ。
容器デザインについては、1947(昭和22)年に兵庫・淡路島で設立され、医療用浣腸薬や痔疾用薬の製造を行ってきたムネ製薬が業界をリードしてきた。

ムネ製薬ロングノズルタイプ「コトブキ浣腸L30」とジャバラタイプの「コトブキ浣腸ひとおし」

当初は医療用として製造されていたロングノズル型の浣腸薬が市販化されたのは1991(平成3)年のこと。「在宅介護」という言葉が世間に知られ始めた頃だった。「コトブキ浣腸L30」のロングノズルは手が汚れにくく、介護者の立場に立った、非常に使い勝手のいいデザインとして一般家庭での需要を高めた。


ノズルの根元にジャバラ設計を取り入れた「イチジク浣腸30E」

もうひとつのエポックメイキングがジャバラの採用だ。まず、挿入時の操作性を高めるために、容器の根元にジャバラを導入したのがイチジク製薬だった。ジャバラ設計の「イチジク浣腸30E」は、2001(平成13)年に発売されている。それから5年後の2006(平成18)年、ムネ製薬が容器本体部分にジャバラ設計を取り入れた「コトブキ浣腸ひとおし」を発売。容器開発に2年をかけ、それまで20%強あった使用後の薬液残りを10%まで減らすにことに成功。ユーザーの「定量を使い切りたい」という要望に応えた商品は、業界初のデザインと「ひとおし」というユニークなネーミングも相まって、世間に広く受け入れられた。

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