~1940年代応急手当を変えた「愛妻家の発明」

絆創膏の歴史は、膏薬(貼付剤)の歴史とリンクしている。そもそも19世紀まで常温で粘着力をもつ膏薬は存在せず、火で炙ってやわらかくしたものを患部に貼っていた。やがて1845年、アメリカでゴムを主材とした粘着剤が開発されると、それを使用した膏薬が誕生。1870年には米国薬局方(USP)に、<Adhesive Plaster(粘着性のある膏薬)>として収載される。これが日本に紹介される際「絆創膏」と訳されたのである。
救急絆創膏の原型を開発したのは、サージカルテープなどの製造・販売を行っていたジョンソン・エンド・ジョンソン※の社員、アール・E・ディクソンである。彼の妻はとてもそそっかしく、料理をするたびケガをしていたという。いつもガーゼと粘着テープで手当てをしていたディクソンは、「自分の留守中、妻がひとりでも手当てができるように」と、サージカルテープの中央にガーゼを貼ったものを考案する。
※2023年にジョンソン・エンド・ジョンソンの一般消費者向け商品部門が別会社ケンビューとして独立。日本法人はJNTLコンシューマーヘルスとなった

この発明は社内で絶賛され、1921年に「バンドエイド」として商品化された。当時の「バンドエイド」は幅9cm×長さ54cmと大きく、必要な分だけはさみで切って使用するものだった。
その後「バンドエイド」は、1928年に蒸れ防止の通気孔を追加、1929年には消毒液含有パッドを採用、1931年に特殊防水コーティングタイプが登場、1934年には色のついたカラータイプ、1936年にはジュニアサイズ、そして1939年には完全密封個包装になるなど、誕生から20年足らずで、現在の救急絆創膏に近い形まで進化を遂げている。
日本では1911年、竹内化学の竹内荒次郎が「日本初のゴム絆創膏製造」に成功して以降、絆創膏製造業者が次々と誕生する。1918年創業の歌橋製薬所(現・ニチバン)もそのひとつ。やがて1944年になると、戦時体制下での企業整備により、歌橋製薬所を中心に絆創膏製造業25社が統合されて、日絆工業へと商号を変更。同社は、日本で唯一の絆創膏製造会社となった。

1948年、日絆薬品工業に改称した同社は、ゴム絆創膏の中央にガーゼ片を貼り、剥離紙に寒冷紗(かんれいしゃ)を使用した、日本初の<ガーゼつき絆創膏>「O.Q絆創膏」を発売する。市場にはほとんど流通しなかったというが、「応急」をもじったネーミングといい、同品が日本の救急絆創膏の原点といってよいだろう。



